伝聞によれば放浪の俳人種田山頭火は

昭和八年十月三十日本町の菅蔵集落

(当時須金村)に一泊翌朝 金峰山の麓

を通り鹿野のまちへ入り托鉢したという

山頭火は 道すがら多くの句を詠んだが

この句碑は直筆の短冊を基にしたもの

である

 

へうへうとして水を味ふ

        平成十三年八月吉日建立

               鹿野町